小河内一広

水稲/施設花卉/露地花卉

自分で作って責任をもって売る時代

認定農業者の中でも若手の一広さんは、家業から独立。主に花の仲買と直売所ドリームホープの理事をしています。

年間を通して花の需要を計算し、安定出荷しており、年末に不足する花の分だけを自分で生産して補っています。

現在の跡継ぎ農業者は、家業を継いで両親を手伝いながら修業していることが多いですが、一広さんは5年間修業した後に独立して新事業を始めました。

ちょうど、減反政策のためにお父さんがおじいさんの田んぼを継がず、カーネーションづくりを始めたことと同じです。

昔、おじいさんの時代に米作りが最盛期だった日本では、お米さえ作っておけば安泰でした。
次の世代のお父さんの時代には、お米だけでなく花や果物、野菜を作り始めました。
そして、現在では自分で作って自分で責任もって売らなければ生活できない時代が来ているといいます

熊本県の東海大学に通っていた一広さん、先生が無農薬の専門農協を作ったので事務員として3年間働きました。

阿蘇で出会ったの生産者たちは、いつも目をキラキラ輝かせて自分の作った商品に誇りと自信を持っていました。

そんな生産者になりたいと、直売を目指すことにしたのです。


一広さんをはじめ、認定農業者の多くは直売型の農業を目指しています。

それは、その他たくさんのただの商品として並べられるのではなく、自分の作っている方法や考え方を評価してもらって買われるような商品づくりです。

一広さんは、28歳の頃熊本県から戻ってきて、お父さんと一緒にカーネーションを作りましたが、農業に対する考え方の相違より、別々に作ることになりました。

職人気質のお父さんと、合理的な一広さんでは、目指しているものは同じでも、その方法に違いがあるからです。

親にも子供にもそれぞれ自分の道があります。

それをお互いが理解したからこそ、違う道を歩むことができ、お互い助け合うこともできるようになりました。

今は、3人の子供たちも小さくて家族との時間を大切にしたいという一広さん。

将来もっと農業をやりたくなる時が来た時に、またカーネーションを作り始めるときがくるかもしれません。

6月上順に植えて11月に出荷するお父さんのハウスのカーネーション。芽が出たら真ん中を落として出てきた横目を3本に仕立てます。

お父さんから学んだカーネーションを作るノウハウはちゃんと伝授されています。

カーネーションづくりは一広さんのお父さんの仕事です。

最盛期の頃には1200坪のハウスでカーネーションの生産をしていました。ところが最近は、コロンビアからの365日安定供給できる安価な輸入カーネーションに押されているのが現状です。

一広さんのお父さんは、県内でもトップクラスのカーネーションを作っています。職人として1本1本丹精込めて作ったカーネーションを価格競争に巻き込みたくはありません。

もう3人の子供たちも社会へ出てそれぞれの道を歩んでいます。家族を養うための農業から、これからは規模を縮小して、ゆっくりと楽しみながら好きなカーネーションづくりに取り組んでいきたいそうです。

減反のため、20歳からカーネーションづくりを始めたお父さんは、農業試験場に2年間通い花つくりの勉強をしました。

そこでカーネーションを選び、46年作ってきました。

これからの農業は手伝ってくれる人もいなくなり大変になってくるので、一広さんにはやりなさいとも言えず、自分でいい道を選んでやっていってほしい。周りの人から信頼されて、好かれている一広さんだから、今後も周りの人を大切にしながら頑張ってほしいと願っているそうです。


一広さんのお父さんが作るカーネーションと、一広さんの作った菊は、注文販売もできます。

大切な方への贈り物には、想いを込めて作られたお花を選びたいですね。

 

取材が10~11月だったため、花はまだ咲いていませんでしたが、12月にはここに載せることができると思います。